昭和54年02月13日 十三日会



 今朝からのご理解の中に、「女が菜園に出て菜を抜く時、大地を拝むような心あらばおかげがある」と仰っておられますね。菜園で野菜畑に出て、その野菜を抜く時に大地を拝むという心。それを煮て食する時に、神様頂きますという心あらば、さわることない。いやこんな簡単なことはないです。だから、簡単なことはないんですけれどもね、問題はなら、そうしたからというて、ならその、まぁ夕べのの食べ物があたって胃が痛むと言った様な事があるでしょうが。神様頂きますは皆言ってますよね。
 だから、教祖様が嘘を仰っておられるとは思われませんから、その人、内容なんですよ問題は。ね、大地を拝むその内容であり、頂きますというその内容がね、今朝のご理解を頂きますと、合楽理念を通っての、合楽理念を分かっての大地を拝むであり、頂きますという心あらば、絶対あたることもない。おかげがある。こりゃもう断言してあるですね。おかげ、大地を拝む心あらばおかげがあると断言してある。
 昨日は、昨夜丁度、12時頃帰ってまいり、昨日一昨日から、宮崎の佐田さんのお宅の謝恩祭に、こちらが先生方が4名、若先生とそれから2番目の光昭と。それから永瀬先生、秋山先生が二人ついてまいりました。だいたい他の先生が行くごつなっておりましたけれども、急遽そういうことにまぁなったということですけれども。そのお祭りが済んで、それからその翌日は、12、昨日ですわね、宮崎では十三日会がやっぱ、何時も今日あってるわけなんです。
 宮崎支部の宮崎県下の人が全部集まるわけです、ここの御信者さんがね。ですからあの若先生がこなんして見えとるから、一日繰り上げて早めにと言う事で、その12日の日に、宮崎でその大会をやっとるわけです。そこん中にあのあれは創価学会じゃなかった、なんじゃったかね。立正佼成会、りっこうきょう、佼成会か。ね、会の宮崎の会長がね、合楽のいわゆる、合楽理念を読んでね、こういう素晴らしい宗教はないというてもう、えらい研究しておられると言う事を、この度聞いておったんですけども。
 あの合楽から先生が見えるというので、やっぱその会に参加してあるわけです。そしてもう大変感動されて、それこそお布施ですたいねあちらの仏様ですから、お布施まで託けてございましたですけれども。これは本気で助かりたい。又その助かりよう助かりのいうなら、助かりのさまというものがね、こういう素晴らしい助かり方。しかも世界のどこへいってもこれなら通用すると。しかも合楽がそれを実証しておられると。
 例えば、海外布教でも言葉も分からんのに、いうならば、南米の奥地で人が助かっておる。外人も助かっておる、日本人も勿論助かっておる。そういうその事実を聞いてね、もうびっくりされたというお届がございました。そしてその、その十三日会の午前中、佐田さんのご案内で、あの、あそこなんと言うですか、宮崎神宮と、それからあの八紘一宇の塔があるですね。
 全世界の名跡といわれる石を集めて作ったと。高い塔があります。もうあそこへいったら、もう宮崎は見るところがないから、もうそことその、宮崎神宮しか見るところありませんからというて、まぁ案内されたということですけどね。私共も一遍信心実習で行ったんですけれども、気がつかなかったんですけれどね。あの高い塔の両面がね、そりゃもう素晴らしゅう大きいんですよね。その四面にいうならば、あの士農工商が彫刻してある。見事な彫刻がある。
 それをあのカラー写真にした絵ハガキがあるのを頂いて来て、それの、まぁそれをまぁ見て来てから、まぁ兄弟が顔を見合わせてその、士農工、後で絵ハガキが来とりますけん、見てご覧なさいませ。今日はあの、俺達と同じようなところに連れて行ってもらったねと。八紘一宇が良いじゃないかというて、まぁ兄弟話させて頂いておったんだそうですけれども。永瀬君が幹三郎と友達だそうです。
 それから、秋山君が栄四郎と友達だそうです。やっぱ君どんが一緒に来たのも、やっぱ神様のご都合じゃったんぞというて、そのまぁ合楽の御信心を頂いておる者の一つの使命感のようなものを、まぁ強く感じたというて帰ってきております。で、私もその話を聞かせて頂いて、あの今朝からその事をお届けさせて頂きましたら、やっぱ「八光一宇」ということを頂いたんです。八光一宇というのは、八つの光。一宇はあの一宇でいい。一のあの宇宙の宇ですね。
 普通は八紘の紘は、あれは糸偏に広いという字が書いてありますよね。あれは当時の、いうならばあの、もう軍一色であった時分の、あれは軍の、いわゆる日本の我が物宝的な、のあれは表現だというて、まぁ戦争が済んだら皆がそう申しますようになりましたんですね。とにかく日本の勢力に、日本のあり方、これが世界中に広がることがもう本当に世界を平和にする事だと言った様な意味があるものらしいんです。けれども、合楽理念をもってする、八光一宇というのは、ね、八波の光という意味なんですよね。
 一宇は勿論、いうなら全世界に和賀心時代を、十三日会を放生会をこれは、あの誰が考えてもその合楽理念を持って助かっておる、はぁこれなら助かると分かった人達が聞けば皆が成程と合点の行く事だと思うんです。ね、私は今日そのことを思わせて頂きましてね、ほうこりゃ大した大変な事だなぁと。先ずその八光一宇はなら合楽で申します、その内容は士農工商だという事。士農工商と言う事は、もうあらゆる人間のそうというか、もうあの人間の全てを集めたものが士農工商に入ってしまう訳。ね。
 していわゆる八光一宇の高い信心の、いうならば塔を打ち立てなければならない。為には本当に私共が実験しなければならない。本当か嘘かと言う事を、合楽理念をいわば本気で商売の上にも、百姓の上にも海外布教の上にも、それを実験してそれを現していかなければ、実証していかなければならない。ね、そういういうならば、素晴らしい、いうならばものであり、ために私共がいよいよもって合楽理念を通しての大地を拝む心であり、合楽理念を体得して、分かっての実証、実験済み。
 その上での神様頂きますという心あらばあたることなしと言う様な事になる。これにはやはり、簡単なことじゃない。やっぱ大変な勇気のいることだ。ね、それは例えていうならば、あのなまこという食べ物をね、一番初めに頂いて、こりゃ美味しいと言うて誰かに教えた人はもう大変な勇気のあった人だろうとこういう。ね、合楽でいうならばにんにくということを頂いた。あの食べ物のにんにく。にんにくということは、大きく示すというのが二つ書いてあるんだそうですね。
 それはならにんにくというものは、まぁ今の日本人の方は誰でも朝鮮漬なんかもおいし、もう日本漬けなんか食べられんというごたるですよね。まぁ、私共はもう味噌のお汁にもにんにくを、昔は入れたもんですけれども、そりゃも味の素ぐらい勝つ位じゃないですね、味は。ところがあの臭いがね、ところが、その臭いが素晴らしいんだというのが、今の中国あたりは、そのね、もうあちらへ行ったらもう本当に、吐き気が来るごたる感じでしたけれども。
 あちらへ行って、にんにくに染まってしまったら、もう何一つにでもにんにくを入らなければ食べられんということになる。しかもあれは、他の食べ物と違って体が壮健になる。ね、というあれはあの薬効があるわけです。私は合楽理念というのはそんなもんだと思う。本気で強くなりたい。本気で本当の美味しい物を食べたいという人ならば、合楽理念が、それこそ他の宗教の人でも素晴らしいというて、分かるようにです、その為には私共がまず実験し、ね、それを実証していかなければならない。
 それには、いうならなまこを一番初めの人が、食べて、このなまこという食べ物はこんなにも美味しいもんだと、いうて発表した人が、まぁ大変な勇気のあった人だろうと私は、昨日今日、言うておることですけれどもね。あのグロテスクなかっこうしたの、こげなのろのろして( ? )もう見ただけでもずっとする。したじゃろうと思う初めの間は。ね。ところがあれを刻んで、なら酢なら酢でこう頂きましたら、あんなに美味しい物であるようにです。
 私は金光教の信心それも合楽理念にまとめて合楽で言っておる、まぁいうならば合楽よがりのごたる。自分よがりのようにあるけれども、事実こういうおかげを受けておるじゃないかと。今日の夕方からここから、竹内先生、それから末永先生と佐田先生とが、今度大阪の14日会に参加致します。それは、合楽の13日会に習ってというのが、一番初めの、私共が中近きにお話しにいった時に、その14日が終わりでしたから、今日を記念にというて、全国の又青年教師の方、又希望の方は青年教師だけではない。
 まぁ年を取った先生方もあるということですけれども、今度も又、あの旅費なんかは向こう持ちでね、その14日会が開かれることになってきた。それで、こちらからのあれは何やった、スライドをね、あの合楽の、それを持って行くようになっております。それから、あの時のお書物、私が3日間お話をしたのが、全部この活字になって分かりやすくそれに説明を加えたものがご本になって、今日それをみんあちらへ、今日参加する方達に差し上げるように、今日出来て来る様になってます。
 と言う様な働きが、いうなら起こっております。ね、これが全教だけではない。全国だけではない。いうならば、もう世界津々浦々にその精神が、いわゆる今日頂く所の八光一宇の精神がね広がって行く。そういう広がって行けれる内容を持っている。それにはまず実証実験しなきゃ。そしてそれを実証していかなければならない。と言う訳なんです。それには、いわゆる潔い心がいると言う事。金光教に改めてしまうと。
 昨日高山という、婦人総代の家に初めて私はほん、正式の改式祭というものを致しました。ね、ところがその、あん、そりゃ見事なお家ですからもう立派なご仏壇があったんですけれども、それを全部燃やしてしもうて、そのお座敷の一番良いお座敷二間を、もう本当に教会のように、行ったらここは教会じゃないじゃろうかというごと、もうそれこそ見事に改造して、されましてね。
 その、その改式のお祭りが昨日ございました時に、まぁ頂いたことなんですけれども、もう真っ赤ないうならばその、真っ赤な梅ですから、紅梅というんですね。紅梅のあの、芽がね、いっぱい付いて、そりゃまだ硬いつぼみで一輪も咲いていないんです。それを頂いた。結局高山さんの赤い心であろう。赤誠(せきせい)であろう、真心であろうと。いうならば二十数年間主人も総代、自分も総代、総代がずっと続けさせて頂くほどしの熱心な信心をさせて頂いたら、いよいよこれはね。
 この世では金光様、あの世では仏様なんていうようなことであってはならない、というようなケチなものではない。合楽理念が分かったらです、そういうことじゃない。もうそうせずにはおられないというのが、まぁ自分で、それこそ堂々とお寺さんにも長年お世話なったことをお礼に言うて、それをここで開式するということの断りを頂いて、今度は改式祭があったんです。
 大変だから勇気がいることでしょうが。それこそ初めてなまこを食べた時のような元気な心がいる、いっただろう。そこで、今はなら、娘達でも、息子達でも、まだそれに、ならあの、共鳴しませんですけれども、ね、この赤い梅がね、いうなら一輪二輪、こう咲いて行って、そこにいうなら芳しいまでの香を放つようになったら、もう絶対鴬は来てとまるです。その鴬が来てとまった様子には、誰だって平伏しなければおられないです。なるほどおかげを受けるな。
 今朝から私お夢を頂いた。あちらの、いわゆる孫が今中学2年生でしょうか。が、もうどれだけあるか分からんほどしの、あの一万円札をもう一生懸命数えよった、しまいにはそれが、あの数えならって、銀行員がこんなんして数えるでしょうが。ね、それをもうもう、どれだけあるや分からんとを、数えておるところを頂いたんです。どういうことだろうと思うたら、あの4、5日前ね、テレビで、あの日本の億万長者というあの、のがあの出ていたんですよ。
 その一人が言ってましたがもう本当に儲かる時にはね、お金を数える暇なんかございませんでしたて。だからこう寸でねお勺で計ってから、あっ今日は幾ら売上げていうて、まぁいうとったと言う程しのその事を頂くんです。ははぁおばあちゃんがこういう思い切った事をさせて頂いた。はっ隣近所のもんでもまぁ信心のなかもんな、ちょっとそりゃ金光様の信心ちゃあげな立派な仏壇ば焼いてしもうてから、そしてあげん立派にしなさったがというて、笑うたり悪口いうたりする者の確かにあるかも知れません。
 けれどもね、ちょっとばっかり聞いてなるほどというのじゃなくて、三十年間という合楽の信心を頂いて、そうせずにはおられない。そこに元気な心があり、いうならなまこを試食した、そのような私は内容があるんだと。それがなら、いうならばこの梅の花が咲いた頃には、いうならその孫がね、もうそれこそ億万長者にもなろうかと言う様なおかげを頂く実証する。その実験が難しいんですやっぱある意味合いでは。
 その為にもう少し、本気でそれこそあの、今の何とか佼成会の会長という、じゃないけれども、本気での助かりとはというところに焦点をおいてですね、いわば信心しなければならない合楽理念をいよいよ自分の血に肉にしていかなければならない。そして八光一宇、ね、いうならば八波の光というものが全世界に、もう宇宙にそれが潤うて行くというほどしのおかげを頂く。
 これはもうあながち、いわば私よがりではないことを信じてもらいたい。はぁ親先生がもう、我もんの宝であげんいいなさるというじゃなくて、それが本当の宝であるかどうかという皆さんが実験して実証して。成程これならばと言う様なね、ものを私は頂いて、皆さんがその実証者になって頂かなければ広がっていかれないとこう思うんです。ね、だから、ただの信心とは違う。ね、そういう意味でです、なら有り難うございますであり、大地を拝む心であり、これならおかげがある。
 教祖様は嘘を仰っていないという、いうならば教祖様の御教えの実証者にならなければならない。成程これを煮て食する時に神様頂きますという心あらばと、神様頂きますという心あらばというなら丸少だって、御神訓唱えて頂きます言ってるじゃないか。だからそれじゃない。合楽理念を通して分かっての頂きますであり、大地を拝む心であるということをです、今日は改めて今朝の御理解を頂いて、感じさせて頂きました。
   どうぞ。